2025年7月25日、沖縄県今帰仁村にUSJを上回る120ヘクタールの巨大テーマパーク「JUNGLIA OKINAWA(ジャングリア沖縄)」が開業します。手がけるのは、USJを劇的にV字回復させた森岡毅氏率いる株式会社刀。15年間で6.8兆円の経済波及効果を狙うという、壮大なプロジェクトです。
しかし、森岡さんが過去に手がけたテーマパーク再生事例を見ると「売上は伸びるが利益が出ない」という課題も指摘されています。果たして森岡流マーケティングの集大成とも言えるジャングリア沖縄は本当に成功するのでしょうか?
今回は現役マーケターの私が、美ら海水族館をベンチマークとした株式会社刀の緻密な戦略設計、実際のペルソナインタビュー結果、そして成功確率を左右する重要指標まで徹底分析していきます。

Contents
沖縄市場環境の優位性と前提条件整理|966万人旅行者市場の攻略法
沖縄の絶好すぎる立地条件|アジア各国からのアクセス優位性
まず、沖縄の市場ポテンシャルの大きさですが、これが凄まじいです。2024年の沖縄入域観光客数は966万人で過去3番目の多さを記録しています。コロナ前の2019年が1,016万人だったので、95%まで回復している状況です。
さらに注目すべきは沖縄の地理的な優位性です。那覇空港から韓国まで約2時間、台湾まで約1時間30分、中国の主要都市まで2-3時間でアクセスできます。これは東京-大阪間とほぼ同じ感覚で、日本国内だけでなくアジア全体の巨大な人口圏をカバーできる立地です。
実際に那覇空港には中国(上海・北京・天津・杭州・南京・重慶)、香港、台湾(台北・台中・高雄)、韓国(ソウル・釜山・大邱)、タイ(バンコク)、シンガポールから直行便が就航しています。琉球王国が広域の拠点として栄えた地理的強さを、森岡さんも当然意識しているはずです。
沖縄観光の構造的課題と機会
ただし、沖縄観光には構造的な課題もあります。現在の沖縄は2泊3日、長くても3泊4日で主要観光地を回れる「コンパクトな観光地」です。観光客にとっては便利ですが、滞在日数や消費額が伸び悩んでいるのが実情です。
ここにジャングリア沖縄の戦略的価値があります。テーマパークという「1日必要な新しい体験」を追加することで、従来の観光パターンに「プラス1日」を加える効果が期待できます。森岡さんもインタビューでこの点を強調していました。
もう一つ重要なのが、沖縄観光客の9割がリピーターというデータです。一見飽和市場に見えますが、逆に「新しい沖縄体験」への潜在ニーズが極めて高いということです。心理的距離感もゼロですから、「ジャングリアができたから沖縄に行こう」という動機を生み出しやすい環境が整っています。
美ら海水族館ベンチマーク分析の妥当性
株式会社刀が明らかにベンチマークにしているのが美ら海水族館です。2023年度のデータでは、年間入場者数は約360万人、そのうち地元客が約3割、観光客が約7割という構造になっています。つまり観光客だけで約250万人が訪れているという計算です。
ジャングリア沖縄がこの250万人の一定割合を獲得、もしくはジャングリアからの美ら海水族館のルートするという設定だと思いますが、料金を見ると話が変わってきます。
- 美ら海水族館:2,180円
- ジャングリア沖縄:6,930円(大人1Dayチケット)
3倍以上の価格差があるのに、美ら海の相当な割合の集客を目指しているということです。これはかなり強気な設定と言えるでしょう。4人家族で行ったら、ジャングリア入園料だけで約5万円。これに往復交通費、ホテル代、食事代を加えると相当な出費になります。
そこで目指す目標に妥当性があるのか、今回は統計ではなくWHO WHAT HOWのマーケティングフレームワークの観点から検証していきます。
ターゲット戦略分析|株式会社刀のWHO設定を想定
ST(戦略的ターゲット):沖縄旅行予定者という現実的選択を想定か
まず第一に、WHOから検討していきます。「森岡氏いわく、年間150万~200万人の来場者数が訪れれば、十分に採算が取れる」との発言もあるため、目標は仮に150万人とします。
すると沖縄旅行客のうち150万人がくるために十分なST(戦略的ターゲット)を設定する必要があります。
新しいテーマパークブランドで「ジャングリア指名検索」を獲得するのは極めて困難です。しかし、すでに頭の中にある「沖縄旅行」というブランドにフックをかける戦略なら、認知のハードルが大幅に下がります。
これは森岡さんが『確率思考の戦略論』で言っている「既存の消費者が持つどのイメージにフックをかけるかが重要」という考え方の実践例です。新規ブランドの立ち上げ時における王道戦略と言えるでしょう。
そこで今回はジャングリアに来たいから沖縄にくるというターゲットはST(戦略的ターゲット)の範囲外とし、沖縄旅行を計画している層と設定することにします。
CT1(コアターゲット):新しい沖縄を求めるリピーター層
ST(戦略的ターゲット)の次はコアターゲットを定めていきます。
CT(コアターゲット)とは、ST(戦略的ターゲット)の中からさらに優先的に狙うターゲットのことです。
CT(コアターゲット)に求められる役割はいかに投資に対してリターンの大きい層を設定できるかです。どのようなセグメントの切り方にしろ、反応が良い層や、客単価の高い層など様々な層が考えられます。確率思考の戦略論の中でも「その中で最初の100円をどこから使うのか」といった内容の言及もあった通り、どの層から狙うことを始めるのかということになります。
沖縄はすでに日本国内で圧倒的な浸透率を誇るブランドであり、9割がリピーターです。効率よく投資対効果を達成していくには、距離への心理的抵抗の少ないリピーターを狙う方が効率が良いと思われます。

それでは沖縄のリピーターが求めるものを理解し、代弁できれば適切なCTを設定することができるはずです。
ここを適切に質的理解を行うために必須の工程がマーケティングでの定性調査です。
MyMarketerのペルソナインタビュー機能で見えた沖縄旅行者の声
実際に私たちが沖縄リピーター層を想定しMyMarketerのペルソナインタビュー機能を用いたインタビューでは以下のような回答を得ることができました。
インタビュー対象のスクリーニングは以下のように設定しております。
① 基本属性:
・年齢:20〜50代
・居住地:日本国内(特に都市圏)またはアジア主要都市圏
・職業:自由業・会社員・主婦など、旅行計画の意思決定に関与できる層
② 関連行動:現在または直近6ヶ月以内に沖縄旅行を再度検討・計画している20-50代男女
最も多かった声が「毎回同じようなコースになってしまう」という課題でした。美ら海水族館、首里城、国際通りという定番ルートの繰り返しに飽きを感じている人が圧倒的でした。
一方で「子供も大人も楽しめる新しい体験があるなら絶対に行きたい」という積極性も発見できました。特に「安心して手放しに自然を感じさせてあげたい」というニーズが強く、作られた自然環境であるジャングリアは理想的なバランスを提供できそうです。
ペルソナ回答例:
「子どもも大人も満足できる場所ってなかなかないので、そこが一番大きいですね。どちらかが我慢する旅行って多いので…。」
「テーマパーク系だと私がヘトヘトだったり、リゾート系だと子どもが飽きて騒いだり…。お互い気を使って楽しみきれないことが多くて。」
「子ども向けエリアとスパが近くて、交代で楽しめたのがよかったです。あと、施設内の動線がうまく設計されてて、移動がラクだったのも大きいです。」
本当のジャングルだと親は子供が心配になりますが、リゾート感を保ちながら自然体験ができるジャングリアなら、「せっかく沖縄に行くなら特別感が欲しい」という期待も満たいしたというこころかと思われます。
このインタビューで見えた特に重要なインサイトは、
「沖縄らしさは欲しいけど、今まで行ってきた沖縄だけでは物足りない」という気持ちです。
以上のような結果から今回私は、CT(コアターゲット)として「沖縄らしさは欲しい、でも“これまでの沖縄”では物足りないと感じている層」を設定してみました。
リピーターだからこそ、これまで知らなかった沖縄を発見したいという欲求が強いと思われます。
ペルソナへのインタビューではこのインサイトに対する直接的な発言こそありませんでしたが、MyMarketerではインタビュー結果から自動でインサイトを分析し出力する機能もついており、自動で出力してくれました。
※顧客の声を聞くペルソナインタビューは、マーケティング戦略の精度を大幅に向上させる重要な手法です。表面的なアンケートでは見えない深層心理や行動パターンを把握することで、より確実な「勝ち筋」を特定できます。

提供価値(WHAT)の戦略設計|「興奮と贅沢」の絶妙なポジショニング
沖縄旅行の本質的WHATへの的確なフック
森岡さんが提供価値として設定した「興奮と贅沢」が、これまた絶妙です。沖縄旅行の本質的な動機構造を的確に捉えています。
旅行の動機には「リラックス、非日常、興奮、贅沢」というような要素があり、沖縄はCEP(カテゴリー・エントリー・ポイント)として幅広い動機をカバーできる強さを持っています。その中で「興奮」と「贅沢」という上位の欲求にポジショニングしたのは、極めて大きく強い便益へポジショニングしています。
本来なら沖縄のイメージは「リラックス」や「開放感」の方が強いかもしれません。しかし、テーマパークとしての体験強度を考えると、「興奮」というワードの方がHOW(実行戦略)の強さと合致するため「興奮」とキーワードを盛り込んだのではないかと考えています。
WHO WHAT HOWのフレームワークで勘違いされがちなのですが、WHOから検討を進めることは間違いありませんが、実際は3つの間を行き来し精度を高めていきます。最終的にはWHO WHAT HOWの3つの組み合わせで最も強力なものを選択し、勝負していくことになります。そのため「テーマパーク」という要件が固定されている以上、WHATの設定に関してHOWの内容を影響してくるわけです。
この価値設定で20-60代という幅広い年齢層に訴求でき、単なる「楽しい」ではなく、「興奮」という感情的価値と「贅沢」という体験的価値を組み合わせることで、6,930円という価格設定の正当性も作り出しています。
「海要素欠落」リスクと対応策
ただし、一つ気になるのが「海」要素の欠落です。沖縄=海というイメージが強い中で、ジャングルテーマに特化することのリスクは無視できません。
おそらく本来は海のイメージも付けたかったはずですが、ゴルフ場跡地という立地条件や土地取得の制約もあったのでしょう。
ブランド強化の必要性|「ついで」から「目的」へ
初期段階では「沖縄のついでにジャングリア」という位置づけでも構いませんが、長期的には「ジャングリアのために沖縄へ」という強度まで押し上げる必要があります。
地元のステークホルダーの発言を見ると、新しい雇用創出や観光客増加への期待が高い一方で、株式会社刀としてはそこを強く打ち出しにくい状況も見受けられます。現実的に沖縄とジャングリアのブランド力を比較すると、沖縄の方が圧倒的に強いので、初期は沖縄ブランドに乗っかる戦略は妥当でしょう。
しかし、将来的にはジャングリアのために沖縄に行くというレベルまでブランド強化を図る必要があります。
コンセプト戦略の核心|ジュラシックパークフックの効果と限界
「Power Vacance!!」とジュラシックパーク着想の戦略性
ジャングリア沖縄のコンセプト「Power Vacance!!」の背景には、明らかにジュラシックパークへの着想が見て取れます。ティラノサウルスに追いかけられるアトラクション「DINOSAUR SAFARI」や恐竜の子供と触れ合える体験など、構想のベースは完全に映画の世界観を参考にしています。
これは森岡さんが『確率思考の戦略論』で言っている「既存の消費者が持つイメージにフックをかける」戦略の実践です。恐竜=ジュラシックパーク=スリルと興奮という既存の認知を活用することで、新しいコンセプトなのに理解しやすいブランドイメージを構築しています。
ジュラシックパークも映画の中では南国の孤島にあるテーマパークとして描かれており、沖縄の立地との親和性も高いです。特に子供にとって恐竜は普遍的な興味対象ですから、親子両方に訴求できる巧妙な設計と言えるでしょう。
新コンセプトの需要予測限界
ただし、新しいコンセプトの需要予測には限界があるということも認識しておくべきです。既存ブランドの売上予測と新規コンセプトの予測では、精度に大きな差があります。
ジャングリアのような新しい体験がどれほど受け入れられるかは、既存の類似施設が少ないため参考事例が限定的です。通常のコンセプトテストでは、生活者も参考にできる体験が少なく、正確な需要予測が困難な状況です。
これはイマーシブ・フォート東京でも見られた課題で、「イマーシブ体験」という日本人には馴染みの薄いジャンルで、コンセプトへの理解と実際の行きたいという気持ちの間に乖離が生まれ、需要予測を誤った可能性があります。今回ジャングリアでどれほど精度の高い修正がかけられているかが注目ポイントです。
「鉄板感」構築の急務
現在のジャングリア沖縄には、まだ「鉄板感」が不足しているという印象があります。これは工期やスケジュールの都合で、アトラクションの詳細や体験内容の開示が限定的になっているからだと思われます。
メディアでの露出は多く取れていますが、CGが中心で実物の情報がほとんどないという状況です。テーマパークのアトラクション詳細が未公開のまま開業が近づいており、「本当に大丈夫なのか」という声も一部で見られます。
本来なら、もう少し工期を間に合わせて十分な情報開示をしてからメディアリリースをやりたかったはずですが、7月末のオープンを逃すと沖縄が閑散期に入ってしまうので、そこは逃せなかったのでしょう。
一刻も早く体験している様子やアトラクションの詳細を出して、ジュラシックパークという分かりやすいイメージとの連結を強化することが急務です。
過去事例からの学習と戦略修正
USJ成功パターンの沖縄適用可能性
森岡さんのUSJでの成功パターンは確実にジャングリア沖縄に活かされています。ターゲット拡大戦略、本能的欲求への訴求、確率思考による戦略立案など、USJで実証された手法の沖縄版適用と言えるでしょう。
特に「あらゆる世代が楽しめる場所」への転換は、USJの「映画ファンだけのテーマパーク」からの脱却と同じ発想です。沖縄という既存ブランドの強さを活用しつつ、新しい体験価値を付加する戦略は理にかなっています。
成功確率を左右する3つの重要指標
初年度の集客達成可能性
美ら海水族館の観光客約250万人から相当な割合を獲得するという目標設定は、一見現実的に見えますが、3倍の価格差を埋める体験価値を提供できるかが最大の課題です。
4人家族で行った場合、ジャングリア入園料だけで約5万円。これに往復交通費、ホテル代、食事代を加えると相当な出費になります。この価格でも「絶対に行きたい」と思わせる体験強度を構築できるかが成否を分けるでしょう。
口コミ品質とブランド浸透速度
成功の鍵は初速にあります。認知拡大のためにはメディア露出が重要ですが、オープン後はなかなか取り上げられにくくなります。だから、開業時の初期利用者がどれほど満足して、SNSで拡散してくれるかが極めて重要です。
イマーシブ・フォートで若干失敗した点でもありますが、メディアリリース後に実際に選択肢に入れてもらえるかどうかは、「何ができるのか」「想像通りの体験ができるのか」を早期に提示できるかにかかっています。
沖縄観光全体への波及効果
関西大学の試算による15年間6.8兆円の経済波及効果は確かに大きな数字ですが、その実現可能性は初期の成功にかかっています。
滞在日数の延長効果、高付加価値観光モデルとしての定着、地域経済への実質的な貢献など、単なるテーマパークを超えた地方創生モデルとしての価値を発揮できるかが問われています。
まとめ|森岡流マーケティングの集大成としての評価
ジャングリア沖縄は、森岡毅氏率いる株式会社刀のマーケティング戦略の集大成として、実に巧妙に設計されたプロジェクトです。沖縄という強力なブランドへのフック、9割リピーター市場への着目、ジュラシックパークという既存認知の活用など、確率思考に基づいた戦略設計の秀逸さは見事と言えるでしょう。
同時に、新コンセプトの市場受容性、3倍の価格差を正当化する体験価値の創出、そして過去事例で指摘された財務的持続可能性の確保など、クリアすべき課題も少なくありません。
2025年7月25日の開業後、初期の口コミ品質、メディア露出の効果、そして実際の集客数が、このプロジェクトの成功を判定する重要な指標になるでしょう。森岡流マーケティングが沖縄で新たな成功を収めるのか、それとも新たな課題に直面するのか。現役マーケターとして、その動向をしっかり注視していきたいと思います。
本記事で紹介したペルソナインタビューについて
MyMarketerのペルソナインタビューサービス
今回のJUNGLIA分析で使ったような詳細なペルソナインタビューを、MyMarketerでは提供しています。ターゲット顧客の深層心理と行動パターンを徹底分析して、マーケティング戦略の成功確率を大幅に向上させることができます。
なぜペルソナインタビューが重要なのか
森岡毅さんも常に重視している「消費者インサイト」の発見には、表面的なアンケートでは見えない本音の抽出が不可欠です。戦略立案前の「勝ち筋」特定において、ペルソナインタビューは極めて重要な手法です。
顧客の言葉の裏にある真の気持ちを掘り起こし、言葉の行間を読むことで、より精度の高い戦略立案が可能になります。通常なら数ヶ月かかる戦略立案も、AIの力を活用することで短期間での策定が可能になります。
MyMarketerサービス詳細
専門コンサルタントによる戦略設計支援から、実践的なマーケティング施策の立案・実行まで、包括的なマーケティングサポートを提供しています。

この記事を通じて、JUNGLIA OKINAWAの戦略分析が皆様のマーケティング思考の参考になれば幸いです。新しいプロジェクトの成功要因を多角的に分析することで、自社の事業にも活かせるインサイトが見つかるかもしれません。
山本 至人(やまもと よしと)
株式会社WHAT 代表取締役。
法政大学法学部卒業。映像制作事業やD2Cアパレルブランドなど複数の新規事業立ち上げにCMOとして携わる。2023年に株式会社WHAT設立。外部CMOとして多くの企業のマーケティング支援を実施。東京大学松尾研AI経営修了。
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